6月~7月ごろ、多くの神社では大きな輪が設置されますが、これをくぐる風習を『茅の輪くぐり』と言います。
茅の輪をくぐることで年を越してから半年間の穢を祓うという目的で行われる風習です。
今回は茅の輪くぐりの正しい作法や由来・起源などを詳しく解説していきます。
茅の輪くぐりとは?
毎年6月~7月頃に、茅(ちがや)という草で編んだ直径数mもの輪が神社に設置されます。この輪をくぐって穢れを祓う風習を『茅の輪くぐり』というのです。
茅の輪くぐりは、
神社では年に2回「
- 夏越の祓:6月末の大祓
- 年越の祓:12月末の大祓
一年の前半の穢れを祓うのが夏越の祓、後半の穢れを祓うのが年越の祓です。
具体的に行われることは地域・神社によって多少異なりますが、夏越の祓えの際に全国的に行われているのがこの『茅の輪くぐり』なのです。
ちなみに、茅の輪くぐりの他にも『形代流し』も広く行われています。京都では『水無月』という和菓子を食べるのが有名です。
また夏越の祓の日にちや、茅の輪が設置される期間は神社によって異なるので、お近くの神社のHPで確認してください。
茅の輪くぐりの正しい作法
茅の輪くぐりはただ輪っかをくぐるのではなく、正しい作法があります。
くぐり方は以下の通り。
- 茅の輪の正面で一礼してくぐる
- 左回りで正面に戻る
- 一礼してくぐる
- 右回りで正面に戻る
- 一礼してくぐる
- 左回りで正面に戻る
- 一礼してくぐる
「∞」の字を描くように茅の輪を繰り返しくぐります。
これを
「祓い給へ 清め給へ 守り給へ
と唱えながら行います。
茅の輪くぐりの由来
茅の輪くぐりの由来は、『
蘇民将来とは奈良時代初期に編纂された備後国の風土記『備後国風土記』に記されているものです。
その内容の細かい部分は様々ですが、おおむね、
説話『蘇民将来』
ある日、武塔神は旅の途中で宿を借りようとした。
裕福な暮らしをしていた弟の巨旦将来はこれを拒んだのに対し、貧しい蘇民将来は承諾し、質素ながらも武塔神をもてなす。
武塔神は後に再訪した際に蘇民将来に茅の輪を渡し、娘の腰に付けさせた。そして自らを「速須佐雄能神(スサノオ)」と名乗り、茅の輪をつけていれば「疫病を避けることができる」と教えた。
一方、巨旦将来の一族は皆殺しにて滅ぼした。
巨旦将来の一族はスサノオが殺したという説の他に、疫病で死んだという説もあります。
以上の話が茅の輪くぐりの起源です。
この話が元になり「茅の輪を腰につけると無病息災のお守りになる」という風習ができ、江戸時代を迎える頃に「茅の輪をくぐると穢れを祓うことができる」という風習に変化していったのです。
あとがき
以上、茅の輪くぐりの正しい作法や由来・起源についてでした。
茅の輪くぐりは夏越の祓の行事で行う風習の一つですが、これは神社によって多少時期が異なる場合があります。
元々旧暦の6月末日に行っていたので、それに倣うのか新暦の6月末日にするのか様々なのです。
もし今年茅の輪くぐりをするのなら、事前に神社に問い合わせたりHPで確認したりすると良いでしょう。