「明鏡止水」の意味や由来&使い方を例文で解説

「明鏡止水」は漢字や語感がかっこいい言葉ですが、日常でも比較的使われる言葉です。

ただ、正確な意味を知らない、そしてなんとなく難しそうと思っている人は多いと思います。

実際には意味は明瞭で分かりやすい言葉なので、是非この機会に正しい意味や使い方を理解しておきましょう。

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「明鏡止水」の概要

  • 読み方:めいきょうしすい
  • 意味:よこしまなものが一切なく、静かに澄み切った心の状態
  • 使い方
    1. 「優勝賞金が頭に浮かんで試合に負けてしまった。明鏡止水の心境で挑めば次はきっと勝てるはずだ」
    2. 「夏休みの宿題も早々に終わったので、明鏡止水の気持ちで残りの休みを過ごせた」
  • 由来・語源:荘子』の徳充符篇より。「人は流水ではなく止水こそ鏡とする。不動の心を持つものこそが、安らぎを求める人にそれを与えることができる」という意味の言葉から止水、「鏡に曇りがないのは塵がつかないからであり、塵がつくと鏡が曇る」という意味の言葉から明鏡。
  • 類語:虚心坦懐
  • 対義:意馬心猿・疑心暗鬼

「明鏡止水」とは、『明鏡』と『止水』の二つの似た意味を持つ言葉をくっつけた四字熟語です。

  • 明鏡:チリや曇りが一切ない鏡
  • 止水:動きがない静止した水(⇔流水)

これらの漢字から、
“汚れがない”“穏やか”“心安らか”といったニュアンスを含む熟語になります。

「明鏡止水」は一見難しい言葉に思えますが、
その実意味が明瞭で分かりやすいため日常会話でも使いやすい言葉です。

“落ち着いた様子”や“汚れたものが一切ない様子”、
これらを表す最上級の言葉として使われます。

冷静沈着という意味だけでなく、
不安や苛立ち、焦りといった心をざわつかせるもの、
そういうマイナスのものが心に一片もない澄み切った状態を表します。

由来の詳細

さて、明鏡止水の由来について詳しく解説していきましょう。

この熟語の由来となるのが、
『荘子』の徳充符篇に記載されている言葉です。

徳充符篇の内容としては、
『心の内面が徳で満たされるとそれが外面にも表れる』ということを
4つの寓話で説明したものになります。

明鏡は2番目、止水は1番目に出てきます。

止水

王駘という足切りの刑を受けたものがいて、
特別なことはしていないが何故かそのものの元には弟子入りに来る人が絶えなかった。

このことについて孔子の弟子が孔子に尋ねると、次のように答えた。

「人は流水に鑑みること莫くして、止水に鑑みる。唯止まるもののみ能く衆衆の止まらんとするものを止む(人は流れる水を鏡として使わず、止まっている水を鏡とする。ただ不動の者だけが、安らぎの心を求めるものにそれを与えることができる)」

つまり、止水のように穏やかで落ち着いた人は、周りの人も穏やかにすることができるため、
その人の周りに人が集まるといった意味の言葉です。

これが止水の由来です。

明鏡

足切りの刑を受け片足を失った申徒嘉と宰相である子産は、
共に同じ師にのもので勉学に励んでいた。

子産は自分の地位をひけらかしており、
身分や立場が下であるはずなのに自分を敬わない申徒嘉に対して態度を諌めようとした時、
申徒嘉は反論した。

同じ師に師事している以上、立場は対等である、と。

そして、次のように言った。

「鑑明らかなれば則ち塵垢止まらず、止まれば則ち明らかならざるなり。久しく賢人とおれば、すなわち過ちなし。(鏡に曇りがないのは塵がつかないからであり、塵がつくと鏡が曇る。長く立派な人といると、曇りは消える)」

しかし、立派な師と長くいるのにまだ偏見という曇りは消えないのか、と。

このように、偏見や卑しい考え、傲慢な態度などが一切ない、
清く澄んだ心のことを明鏡と表しています。

これが明鏡の由来です。

 

これら二つの言葉を繋げて、
『よこしまなものが一切なく、静かに澄み切った心の状態』 という意味で明鏡止水が使われるようになったのです。

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